原発から代替エネルギーへ
2011-06-19


20年近く前の冬、当時はまだアメリカのド田舎だったアイダホ州に出張することがあった。今のアイダホ州は「ド」がとれて結構景気の良い田舎だ。たまたま搭乗した飛行機に中年の日本人の女性が乗っており、どういうわけか席が隣り合わせになった。聞けば州都ボイジーが目的地ではなくそこで飛行機を乗り換え、更に400キロ離れたアイダホ・フォールズに向かうという(アメリカの西部は人口希薄で距離が長いのだ)。「アイダホ・フォールズに何があるのですか?」と聞くと「原子力研究所があります」とのこと。このブログを書くためにグーグルで調べると、研究所の名前は
Idaho National Laboratoryアイダホ国立研究所と言い、連邦政府エネルギー省傘下の全米有数の原子力研究所だ。アイダホ・フォールズ市の唯一の姉妹都市は茨城県東海村だ。女性は東海村の日本原子力研究所(当時、現日本原子力開発機構)に勤める技師だという。

「福島第一・第二原発は廃炉、周辺は立ち入り禁止区域とすべきだ」 を読むと感じられると思うが私は原子力発電には反対だ。当時もそうだった。「申し訳ありませんが私はどうしても原子力発電には賛成しかねるんです」と言うと彼女に「でも原子力は今や日本の電力供給の中でなくてはならない存在になっているんですよ」とていねいに諭された。

1、2年前だったと思う。ヨーロッパにおける排出権取引に関するセミナーに参加した。今をときめくアレバArevaの国フランスからよりは確かイギリスやドイツの講師が多かったと思う。壇上に立つ講師の多くが低炭素社会実現の切り札として原子力が重要であることを力説していた。セミナーの後の懇親会で講師をしていたイギリス人の弁護士に「私は原子力発電にはどうしても反対でねぇ」と話したら他の講師に私のことを「この人原子力に反対なんですってぇ」といって紹介しながら、「まだそんなことを言っているのか?」といった感じで自信を持ってThat position is not widely accepted in Europe now(今のヨーロッパではその考え方は余り支持されない)と言われた。その時点では確実に原子力発電は低炭素社会実現の切り札で、原発反対派は少数派だったのだ。

しかし5月29日ドイツのメルケル首相は「ハイテク工業国日本で起こったことは他人事ではない」とドイツの原子力発電所を2022年までに閉鎖することを決定した。昨年11月にメルケル首相は原子力発電所の運転を2035年まで継続することを発表しているので大転換だ。

大分前座が長くなったが私が原発に反対の理由を書こう。理由は非常に単純に三点にまとめられる。

まず第一に原発の発電コストが高いからだ。

原発の発電コストが一見安いのは、プラントの廃棄コストや廃棄物の処理コストをきちんと算入していないからだ。算入されない理由は廃棄や処理の手順がまだ確定していないからだ。「いやいやきちんと廃棄手順が存在しています」という反論があるかもしれない。しかし、現在主流の放射性廃棄物の廃棄方法はそれをドラム缶に入れて地中に埋めたりか海洋投棄したりすることだ。完全に中和するといったことができないからだ。「特殊なドラム缶だから」といってはいけない。放射能の多くの半減期は「未来永劫の先」なのだ。そんな未来まで多湿の地中でドラム缶がどうなるのか?海水の中で鉄のドラム缶がどうなるのか?放射性廃棄物の廃棄手順ひとつを取ってもこのとおり。現在の廃棄手順にはプラントや廃棄物の本当の廃棄コストが算出不能なために発電コストの減価にキチンと算入されていないとの認識が必要だ。

次に今回の福島第一原発の一件でわかったように、原発はスイッチを切ったからと言ってスッキリ止まってくれないからだ。


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